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音楽チャリティー、ボランティアの魅力

United Code

音楽プロダクション「United Code」は音楽の国境を壊し、国籍、性別、思想、貧富などに存在する全てのバリアやヒエラルキーを取り払い、自由で新しいムーブメントを起こすため、ネットの世界だけでなくリアルにコミュニケーションが取れる場を提供します。そして、アジアから世界へつながる音楽市場発展の架け橋となり、世界を舞台に戦える音楽家を増やします。世界にいる経済的な理由で楽器を買えない子供たちに楽器を無償で提供し恵まれない子供たちが音楽を楽しめる環境を整え、新たな音楽家を増やすための活動していきます。

そして、TwitterでのUnited Codeのフォロワーをこの活動の賛同者として捉え、その思いを形にするため、フォロワー数×10倍の額を毎月募金しています。そのほか、音楽家のための企画を考え、その報酬を募金に回すプロジェクトも準備中です。

子供たちを救いたいという思いを、私たちののミッションとし活動しています。そして、「音楽は裕福な人のためだけにある」ものではないと考えています。

貧しさゆえに楽器を持つことが出来ないどころか、音楽を聴いたり楽しんだり出来ない子供たちが多くいることを、現代の日本人に想像が出来るでしょうか。

そして、そんな子供たちに楽器を与えたらどうなるでしょうか。楽器は「音楽を奏でるもの」ではなく、命をつなぐために「お金に換えられるもの」として、与えられた楽器をすぐに売りに行くかもしれません。

そうすることでしか生きられない環境下に置かれた子供たちが、犯罪や非行に走るのは想像に難くありません。

ただ、貧しいことだけが非行や犯罪に走る原因とは限りません。日本の犯罪者が全て貧困層かと問われれば決してそうでないことは明らかです。カナダには「PACT」という問題児や犯罪歴のある子供たちの更生をサポートしている慈善団体があります。そのなかに「PACT Music」というプログラムがあり、貧困と犯罪行為の悪循環を断ち切ることを目的とした、この音楽を通しての活動によって65%が再犯を起こさなくなったという実績を作っています。

また、ベネズエラでは40年以上も前から貧困層の子供たちに無償で音楽教育の場を提供している「エル・システマ」という組織があります。エル・システマが行う音楽教育プログラムを通じて、貧困層の子供たちが音楽の楽しさを知り、夢中になって楽器を練習することで協調性が増し、犯罪率は減り、さらには学校へ通えるようになった子供や、勉学に励む子供が増えたという実績を持っています。今や世界70カ国以上でこのエル・システマは導入されており、日本ではエル・システマジャパンとして幅広い取り組みを行っています。

子供たちに向けた音楽プログラムの成果は、科学的にも証明されています。南カリフォルニア大学(USC)の「Brain and Creativity Institute」による子供の感情的および知的発達を促進する方法を検討する研究において、助教授であるアサル・ハビビは「コミュニティの音楽プログラムは、経済的に恵まれない子どもの発達に及ぼす負の結果の一部を相殺できることを示している」と述べています。

(参照:https://news.usc.edu/131274/music-training-can-change-childrens-brain-structure-and-boost-decision-making-network/)

私たちは、ただお金だけを与えるのではなく、音楽で貢献することの意味や音楽の持つ力、その魅力や未来へつながる可能性を子供たちに伝えていきます。それらのことは、音楽家が音楽をはじめるきっかけになると考えるからです。音楽家が未来の音楽家のために、音楽好きの人々のために、よりよいいスパイラルを作る事が出来ると信じ、United Codeは活動、貢献し続けます。なによりも、一人でも多くの子供たちを救えるように。

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日本の子供たちの現状と比較して、アジアの子供たちの教育について考えてみる

長楽さつき
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テレビやインターネットで、アジアの恵まれない子供たちの写真や映像は流れていても、実際、アジアの恵まれない子供たちを目にする機会が日本の子供たちにはありません。目の前にそういう子供たちがいないのに、何かを感じることは難しい時代になっています。

今の日本の子供たちは、小さい時からメディアの発信する情報に囲まれて育ってきています。だからこそ、「メディアは本当のことだけを映し出すものではない」ということも、よく知っています。メディアが伝えていることは「本当なの?」、「正しい情報なの?」と疑う目を持っているので、 アジアに恵まれない子供たちがいるという現状についても、自分と置き換えて考えるというのは難しいのでしょう。

今、40代となった私の若いころは、海外に旅をする若者が多い時代でした。アジアは日本から近いこともあり、旅をすることで、アジアの恵まれない子供たちの現状を目にすることも多々ありました。

小さい子供が道路でお花を売ったり、中高生ぐらいの女の子たちが売春している姿もありました。 日本では教育を受けられる年齢の子供たちが、親の都合で働かなくてはいけないという現状。そういう光景を目の前で見たからこそ、今こうした記事を書けるのかもしれません。

アジアでは、就学率・完学率ともに低い国が多いです。日本では本が溢れていますが、アジア諸外国では本が乏しく、文字文化の貧しさが残っています。

なぜアジアの子供たちは、学校へ行けないのでしょうか?

1つ目の理由は、「親の教育への関心の低さ」からです。親自身が学校に行った経験がなかったり、中退しているので、学校教育の必要性を感じていないため、子供を学校に行かせることに意欲がないのです。

2つ目の理由は、「金銭的に恵まれていない」からです。たとえ無償の義務教育であっても、教材や学用品には多少のお金がかかります。

3つ目の理由は、「学校自体に問題がある」からです。低水準の校舎や教科書で、無資格の教員が古い考え方で教えていたり、字や数を教える以上の知識や意欲に乏しい教員が存在する学校があります。さらに、学校の立地が悪いため、通学時間がかかりすぎます。

4つ目の理由は、「戸籍に不備があることで、就学の機会を奪っている」からです。それだけでなく、「子供たちの労働」という問題もあります。農業労働や工場労働などは、子供だから安く使えるということで存在します。街で物を売ったり、ゴミ捨て場で金目の物を拾う労働をしている子供もいます。さらに問題なのは少女や少年の性労働です。

一方、日本の子供たちは、小中学校の就学率は100%といってもよく、高校においても義務教育化を訴える声があります。労働からは完全に解放されて、校舎や教科書などすべて完備された学校で、機能的な文具を持ち、何の不自由もなく学べています。次々と出版される本や絵本も好きなだけ読んでいいのです。大学進学を希望する子供も多く、20代まで労働とは無関係に過ごす若者も珍しくない時代となりました。今の日本の子どもは、恵まれた暮らしをしています。

しかし、日本の子供たちは幸せそうではありません。子供が朝を待ちかねて登校するような学校があって、子供の生活が楽しくイキイキする家庭が減っているからだと思います。どんな困った子でも、ちょっと劣っているように見える子でも、いい子だと信じて育てる希望を持つ大人が増えると、子供たちが幸せに感じる世の中になるかもしれません。障害があってもなくても同じ人間と見る「優しさ溢れる社会」は、経済的・精神的な余裕がある大人であれば備わっている社会であってほしいと思います。

一方、アジアの教育環境に恵まれない子供たちは涙や失望が多いため、子供なら誰もが持つ輝いた目と笑顔を失っていくのでしょう。大人の都合で、子供たちの目を濁らせてしまわない世の中にしていくことが、万国共通の大人の役割ではないかと思います。

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データ駆動型の慈善団体が急増、サービス提供改善へ

United Code


2020年に入り、AIやIT、5Gなどテクノロジーは著しい発展・成長をみせています。


ブロックチェーン技術によるIoTなどのデータ管理、制御技術の研究も日々進化を続けています。音楽業界もさまざまなテクノロジーによる発展や新しいビジネススタイルを生み出しています。また、データは慈善団体や非営利団体にとっても強力なツールです。プロジェクト効率を高め、新しいサービスや活動支援、資金提供者に情報提示するためにも使用できます。

慈善団体のデータ戦略は、意思決定の観点だけではなく、サービス提供する方法においても大きな利点をもたらします。「2019 Charity Digital Skills Report」によると、慈善団体の59%がデータをより効果的に使用したいと考えており、48%がサービス提供の改善にそのデータを使用したいと考えています。

データを利用する利点を活かすために、組織は「データ駆動型」になる必要があります。


データ駆動型とは、慈善団体や非営利団体の事例、経験から直感で働くのではなく、そのデータから得られた情報を使用して、その活動と将来の道を計算し導きだすことです。


データ駆動型アプローチへ移行している慈善団体の特徴をまとめてみました。


1 –データ駆動型の仕組みを作る

最も重要なステップは、組織が行うすべてのことは、既存の慣行ではなく、デジタルな証拠に基づいて下された決定に起因するという考えを確立することです。多くの場合、「なぜこれを行うのか」、「本当に必要かをどのように知るのか」、「これが機能しているかをどのように知るのか」などの質問を伴います。


2 –知っておくべきことを解決する

データ駆動型の仕組みが確立されると、どの質問をする必要があるかがすぐに明らかになります。これらは、結果、スタッフおよびボランティアのパフォーマンス、新しいイニシアチブの必要性、さまざまな資金調達アプローチの相対的な有効性など多くの状況に関連します。


3 –必要なデータを理解する

どの質問をする必要があるかがわかったら、そのための必要なデータを理解することができます。多くの慈善団体が必要とする典型的なデータは次のとおりです。

  • ユーザーデータ:特定のサービスや活動家の人数、年齢、性別など。
  • エンゲージメントデータ:サービスを使用する頻度、または期間。
  • 結果データ:ユーザーがサービス介入から得られるメリット、または募金キャンペーンによって集められた資金。
  • 影響データ:ユーザーが介入後に受ける長期的なメリット。


4 –保持するデータとその場所を確立する

組織は、どのデータがどこに保存されているかを確認するだけではなく、データの品質、年代、正確性を調べて、意思決定を促進するためにデータが実際にどれだけ役立つかを示すデータ監査を行う必要があります。


5 –適切なデータ分析システムを入手する

データ自体はあまり役に立ちません。分析、視覚化、および他のデータとの関連づけが可能な場合にのみ、実用的な情報と洞察を引き出すことができます。

こうしたマインドセットとデータ分析によるデータ駆動型の取り組みにより、慈善団体と助けが必要な人たちの関係性を予測し、依存し合わず、迅速な対応、多くの人々へ活動の幅も広げられるようになりました。

新しい技術やテクノロジーによる対応と利用は、さまざまな分野で共通し、拡大していくでしょう。



(参考)
Charity Digital
How AI is helping small charities drive more impact
British Heart Foundation

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どうしてこうも締め切りってのは重なるもんなんだろう

ドンボルカン山口

なんて思いながら、例年よりはなんだか気温も暖かめの1月の終わり、スマホのメモ画面に向かっています。

文を書く時はペンを持って紙に書くか、スマホがいい。なんだか具合がいい。机に向かうよりもトイレにこもったり、外を歩いてる時がいい。考えたことを直で文に出来る気がするんですよね、まあ気のせいなんでしょうけどね。

何事も気の持ちよう。気のせいが大事。

人生のほとんどを「気のせい」で過ごしてきている中、なんの気のせいかコラムを書くお話を頂き、今この目の前に締め切りは迫っているわけなんです。この締め切りは気のせいではない気がするので気のせいもほどほどにして、なんか書かなくてはとなっております。どうしよう。

語りたいことは無限にあるんですけども。そしたらまず、たまたま今やってる仕事と、たまたまずっと続けている音楽との奇妙な関係についてでも書いてみようかなと。


こんなCDでもかけながら、


映画「男と女」サントラ♪〜


しばしお付き合いを。


僕は普段、仕事で介護士をしています。「重度訪問介護」という介護の仕事の中でも隙間産業的なやつ。いわゆる一般的なイメージの高齢者介護でもなくて、施設へ勤務しに行くわけでもなくて。一般のお宅へ訪問して、障がい者の方の介護をするという、介護従事者の中でもあんまり知られてない種類の仕事です。しんどくてエグいですが、面白いです。楽しい、とも違う、、、なんていうか、インタレスティングです。人間の深みというか、本来の「そうでしかない部分」に触れられる仕事な気がします。たまたま始めてもう10年、この仕事自体が語り尽くせないほどに人間臭くてミステリアスなんですが、どうなのかってそれはまたの機会に。

一方で、音楽の仕事もちらほら。高校でバンドを始め、売れ損ねて20代で力尽き、周りはとっとと音楽をやめ就職してく中、夢を捨てきれずに、、、みたいなお決まりの展開の中、あれでしょうね、そこそこの才能はあったんでしょうね。歌と作詞作曲という形で踏みとどまって。食っていけるわけではないけどお金が出ていくわけではないみたいな。決して売れてるわけではないけど仕事がないわけではないっていう、絶妙なポジションで普段はがんばらせてもらってる状態でございまして。


フルタイムの介護の仕事の隙間時間に音楽をやるという、一般的にはこれを趣味というのだろうけど、ちょっとはお金になる趣味ってのはこれ、なかなかいいでしょってな感じで。


そこで冒頭の締め切りの話になるんですけど。


フルタイムでの仕事の隙間で音楽制作ってことになると、この締め切りが重なるってのが致命傷になってくるんですよね。自分で作って出す分には時間なんて別に気にはしないんですけど。そっちは僕は仕事にならないですから、頼まれる仕事ですね。これがなかなかやっかいで。楽曲制作を仕事で依頼されるってのは音楽野郎冥利に尽きる果てしなく嬉しいことなんですが、こちらの都合のいい時に頼まれることなんてほぼなくて。だいたい普段の仕事が詰まりまくってたり、とんでもねえトラブルの最中だったり。そんなのがほとんどなんですけれども。そうなると、もうどうやっても物理的に無理!みたいな。寝ないで作れば済むならいくらでも、みたいな。迫りくる色んな圧力に、吐きそうになりながらやるんですけども。


これもなんだか不思議なもんでですね、そういう時ほど、なんかこう、漲(みなぎ)ったというか、濃いいぃぃぃ作品になったりってのはこれまた実際のとこだったりするんですよね。面白いです。もう通勤の行き帰りでどれだけ曲作ったかってね。


映画「摩天楼はバラ色に」サントラ♪〜

エニウェイ。

そんな具合で仕事しながら、なんとか音楽を続けてるんですけども。

やり始めてみてわかった、これまた興味深い事実があります。

うちの介護会社のスタッフ、バンドやってる奴ばっかなんです。

これはね、学会に発表しなきゃいけないレベルの人間学の話だと思ってて。ただの類は友を呼ぶということなだけかもしれないんですけど。

重度訪問介護っていう隙間産業、その隙間ゆえのグレーな部分と、社会を脱線気味でアウトローに生きてきたバンドマンの一般的にはクズと称される魂のアウトな部分、なんというか社会という定義で語ると「ちょっと浮いちゃう」部分ていうんですか。これの奇跡のマッチングだと思ってるんです。地球でまだ見つかってない成分を発見したような。アマゾンの奥地をさらに行ったらこんな景色あった!みたいな感覚で、音楽やってる人って介護向いてるじゃん、て。

Win-Winなんてかっこいい関係じゃなくて、あと一歩で沈みそうな状態でどっちかに常に寄っかかりつつ、足も引っ張り合いつつ、仕方ない状態ですがる1番最後の最良の選択肢。

これってね、きっと、人間の芯の部分、玉ねぎとかの皮剥いてってツルッツルになった最後の部分。お互いの剥き身の、剥き出しの、何かが足りなくてその何かを補填するために引き合う何かの成分なんだろうなって。

その何かの成分って、ひょっとしてひょっとするぞ、これ、音楽じゃないかなって。

人々が音楽に求める何かってきっとこの成分で間違いないだろうって。気づいちゃったんですよね。


わかんない、人によってはお金だったり、宗教だったり、Loveだったり、フォースだったりってことかもしれないんですけど。それって同じパワーのことを言ってると思うんです。

そこに気づいて周りを見渡してったら、そんな風に生きてきた自分の周りって、どうやらそんな力を持った人ばっかりだなあって。30過ぎて就職してなくて、やりたいことがあったりなかったり、不器用で、漠然と将来が不安で、でも確実に目の前の一般に溶け込むことも出来ない人々が。

順番に声をかけていったら4人から始まった会社も30人を越える規模になってました。

音楽やってる奴、何かを作る奴って、何かを達成するために何が必要かってのを自覚しててもしてなくても、持ってるんですよね。そこが介護の仕事とフィットしやすいみたいな、そんな所もあるかもしれない。

誘ってったらみっしり、とびっきりのアウトローばっかり30人。もうちょっといるか、30人強。


重度訪問介護の会社で、介護の世界で、こんなことってなかなかないんですよ。スタッフの増え方にこんな謎の勢いあることって。パンクス、メタラー、金髪ピアス普通で、介護。カメラマンもいるし、最近では自転車屋も入ってきたりして。

人種のるつぼ、収集つかない感情、愛し合って反発し合う心と心、これらが渾然一体となって創り出すカオス。これこそが日常であって我々の姿なんだろうなって。

人間てこと事だけじゃなくて宇宙の意思ってことでもいいかもしれない。

アートであって、爆発であって、デヴィッド・ボウイや岡本太郎が言ってることかもしれない。ウディ・アレンでもあるし、あるいはアンディ・ウォーホールかもしれない。落語であったり、あるいはミュージカルなのかもしれない。アジアのスパイスかもしれないし、イタリアのチーズかもしれない。それは、まるでルート66のようでもあるしチャオプラヤ川の支流のようでもあるし。大貫憲章や伊藤政則かもしれない。体が小さくて目の大きな猿かもしれないし、進化に取り残された深海魚かもしれない。日本人のやってるインドのホテルに泊まるのは日本人だけじゃないかもしれないし、あるいは分数のコードであって、捻くれたメロディーかもしれない。最も難解な現代音楽であって、最も分かりやすいJ-POPかもしれない。

思いつく限りの無数の選択を選ぶのか、選ばれるのか。全てさらけ出せたら、穏やかな世界かもしれない。

これは宇宙から見たらどんだけのことで、別に宇宙から見なくてもこんなことじゃない?って、そうでしかないんです、きっと。


音楽×介護


なんか感覚の話になっちゃいましたけど、この組み合わせになんとも言えないパワーを感じて。

最近は自分の音楽とともに今の重度訪問介護の仕事も知ってもらうために、こんな仕事もあるよって発信するために、ライブイベントなんかも催したりしてます。自分の中の感覚を、選択肢を広げるための何かのきっかけになったらなって。

違うと思われるものをそれぞれ突き詰めてくと、なんだ結局一緒だなって、きっとあると思うし、真理だと思うし。

僕はこの考えと活動を「新しい価値観を生み出すために」って言ってます。

どうにも説明がつかない時は「ラブサンクス」とも呼んでます。全部ロッケンローで済ます感覚に近いかもしれない。

でも決して大袈裟ではないだろうって思ってます。

ただ偶然かもしれないですが、音楽と介護に無限の可能性を感じて、今日も。

朝を迎えそうだななんて思ってたらこんな曲が脳内に流れてきました。どこかで、また。


U.K.「Rendez-Vous 6:02」♪〜


ラブサンクス!


ドンボルカン山口

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