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海外で人気の日本アニメ

yuxxo

数年前から、日本ではアニメの人気が急上昇しており、盛り上がりを見せている。アニメと音楽には密接な関係があり、主題歌や挿入歌などで取り入れられた音楽は、ランキングでも上位まで上がってくることが多い。

今回はそんなアニメの中でも、「海外で人気の日本のアニメ」をクローズアップしていく。一体、海外でなぜ日本のアニメが人気なのだろうか?


・大人から子どもまで楽しめる日本のアニメ

それは日本のアニメが、大人から子どもまで楽しめるものが多いというのが、大きな理由の一つと言えるようだ。海外のアニメは子ども向けに作られているので、大人になるとアニメ自体を見なくなる。それに対して、日本のアニメは大人から子どもまで、家族みんなで見て、楽しめるようなものに仕上がっている。そのような点からも、海外の留学生や、10代〜20代くらいの年齢層から支持されることが多い。

海外では、家族を大事にするというのが当たり前の文化なので、家族みんなでテレビアニメを見るという点でも、日本のアニメとマッチしているようである。 

では、どんなアニメが海外で人気があるのか4つをピックアップしてみた。


1.セーラームーン


セーラームーンに関しては、海外でもとても人気がある。テレビ派もマンガ派もいるようで、可愛いコスチュームや変身アイテムに惹かれるファンも多く、コスプレをする人も多くいる。海外ファンのセーラームーンのコスプレイヤーは完成度が高く、Instagramに投稿したりして、楽しんでいる。


海外では、何でも出来てしまうオールマイティーなアメコミのヒーロー物が人気。それに対してセーラムーンは、どこにでもいる女子高生「月野うさぎ」が主人公。いつもはドジをするような女の子なのに「変身したら完璧になるヒーロー像」が逆に海外の人にうけて、人気が出ている。


セーラームーンをモチーフにしたファッションアイテムも人気がある。アイスウォッチとのコラボレーションウォッチ「美少女戦士セーラームーン×アイスウォッチ ムーンライトコラボレーション」も販売された。


2.ポケットモンスター

ポケモン公式ツイッター


海外でも人気のアニメ、ポケットモンスター。スマホ向けゲーム「ポケモンGO」の世界的なヒットをきっかけにポケモンを知ったという方も多い。近年ではハリウッドで実写映画化された『名探偵ピカチュウ』も公開。また海外で開催されている、日本のアニメやファッション、ゲームなどの文化を紹介する「Japan EXPO」では、、毎年20万人を超えるアニメ好きが集結。現地ではポケモンの映画上映会も行われ、「ポケモンに出会えてよかった」と泣くファンもいるのだそう。それだけポケモンはアニメやゲームでテレビやVRの画面を通じて、身近な存在になっているのである。これが海外でポケモンが大人気の理由の1つである。

【公式】映画「名探偵ピカチュウ」WEB用プロモ映像②


日本とはまた違ったアメリカ版ピカチュウも面白い。

現在ポケモンのアニメは、98の国と地域で放送をされている。世界的にも大人気のポケモンは今後の盛り上がりも増していきそう。



ポケモンは、ファッションともコラボレーションしており、銀座ソニーパーク内の「ザ・コンビニ(THE CONVENI)」で、ポケモンのファッショングッズが販売された。


3.NARUTO-ナルト-

NARUTO・BORUTO【原作公式】Twitter


NARUTO-ナルト-は、1999年から週刊少年ジャンプにて始まった特殊能力をもった忍者の物語。実は、海外ではワンピースよりも圧倒的にNARUTO-ナルト-が人気で、「ドラゴンボール」に続くアクション作品として支持されている。

海外では、侍や忍者、お城などの日本文化を好きなファンが多く、そのような点からもNARUTO-ナルト-はとても人気がある。それに対して、ワンピースは海賊の物語で、海賊は元々海外のカルチャーからきているので、海外の人からすると新鮮味に欠けるようだ。やはり忍者や侍などの日本文化は、海外にはないので根強く人気で、その点でNARUTO-ナルト-は海外の人の心を掴んで離さない。

海外で人気の日本のアニメ文化は、いつも私達が見る視点とは違った視点で物事をみることができる。日本のアニメが好きで旅行に来る海外の人は、日本のアニメを愛してやまない。なので、カラオケで日本のアニメソングを歌う留学生なども多くいる。このように海外の多くの人が、日本のアニメ・ゲームや音楽を通して、日本を知り、旅行に訪れている。今後も日本のアニメ文化を通じて、海外の人が日本に興味をもち、たくさんのアニメ作品が世界に飛び立っていくに違いない。

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南アフリカの白人貧困層によるカウンターカルチャー「ゼフ」の立役者、「Die Antwoord」

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アメリカ合衆国の諸州では、「プア・ホワイト」と呼ばれる白人層がいる。国家の成長と繁栄に取り残され、社会保障や雇用の不安を持った貧困層の者たちだ。

主に蔑称として用いられるプア・ホワイトは、社会の秩序やルールから逸脱しており、犯罪的で予測ができないような、政治・司法・道徳・倫理観問わず、権威に従わないとみられる人々に対して用いられてきた。

近年ではそういった白人たちがプア・ホワイトを自称し、皮肉的に自分たちの現状を卑下して冗談を言うこともあるそうだ。

そんな「プア・ホワイト」から派生した独自のカルチャー「ZEF(ゼフ)」を生み出した立役者は、南アフリカから生まれた「Die Antwoord(ダイ・アントワード)」というラップグループである。彼らのインパクトは強烈で、一度見たら二度と忘れられないことだろう。


彼らは、「Ninja(ニンジャ)」と呼ばれる男性MC、「¥o-Landi Vi$$er(ヨーランディ・ヴィザー)」と呼ばれる女性MC、そして「DJ Hi-Tek(ハイテック)」で構成されたラップグループだ。

ニール・ブロムカンプ監督の映画「チャッピー」に出演したことで、その名を知った人も少なくないだろう。

南アフリカのケープタウン出身で、自らの音楽性やスタイルを「ゼフ」と呼んでいる。先に述べた「プア・ホワイト」の影響を大きく受けた新興カルチャー「ZEF(ゼフ)」の発祥元だ。


南アフリカにおける貧困層の白人と「ゼフ」


アメリカ合衆国だけではなく、南アフリカでも経済格差は問題視されている。

現在では先に述べた「プア・ホワイト」の対比として、黒人の高所得者層が「ブラック・ダイヤモンド」と呼ばれるなど、その格差と抑圧に嘆く者たちの怒りが溜まっていくばかりだ。もちろん黒人の中にも貧困にあえいでいる人も存在するが、近年では南アフリカにおける黒人優遇措置なども影響し、主に白人たちが苦しむような情勢になっているという。

そんな中で生じたカルチャーが、この「ZEF(ゼフ)」だ。

元々は南アフリカのスラングで、プア・ホワイトを指すネガティヴな意味として用いられてきたようだ。これをダイ・アントワードはシニカルにアートへと変換し、ゼフを自ら名乗ることで時代に叛逆しているのである。

ヨーランディの可愛らしくて幼児的な声から発せられる挑発的なラップは小気味良く、そのキッチュでダークなファッショニスタとしてのビジュアルは耽美的だ。相対するニンジャは、端的に言えば「ダサい」タトゥーを身に纏い、その下品さからインテリとは対照的な雰囲気を持って「何をするかわからない恐怖感」を与えてくれる。

この下劣でジャンクなダイ・アントワードのゼフ・アートは中毒性抜群で、その世界観にハマっていく人が後を絶たないそうだ。

ちなみに二人は本物の夫婦で子供ももうけており、グルーミーやピカチュウなどのキャラクターや、カタカナが書かれた衣装を着用するほどの、大の親日家でもある。そのギャップに、してやられそうだ。


・ニューアルバム『HOUSE OF ZEF』リリース


2020年3月16日、ダイ・アントワードのニューアルバム『HOUSE OF ZEF』がZef Recordsよりサプライズリリースされた。前作『Mount Ninji and da Nice Time Kid』が2016年に発表されて以来、3年半ぶり通算5作目のスタジオアルバムとなっている。

アルバムのメガミックス「MEGAMIX9000」の映像公開


ゲストにPanther Modern、Gqwa!、Bukhuludakhe、Moonchild Sanelly、Smiley、JouMaSePoes、Roger Ballen、Bodajan、Skelm を迎えた全12曲入り。

なお、ニンジャ本人による昨年のツイートで、このアルバムが最後のリリースとなる可能性が示唆されている。彼らが活動を停止しても、ゼフ・カルチャーは少しずつ世界中へと波及し続けるだろうか。

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タランティーノと音楽

いらない前置き


いきなりこんなこと言われても困るかと思いますが、今現在、私は土下座しています。

なぜかと言えば少しだけお付き合い願いたいからです。

私、クエンティン・タランティーノ監督の大ファンでして、どれくらいファンかというと、監督が来日した際、なんの手がかりもないくせに、なぜか会えると思って六本木の街を一日中徘徊してたくらい大好きなんです。

(しかも新宿にいたらしいです…。)

六本木の街を徘徊したその翌日に、帰国するのを狙って空港に一日中待機してたくらい大好きです。

そんなことどうでも良いですよね。

でも、ほんと大好きなんです。

クエンティン・タランティーノも映画も。

△Chuck BerryのYou Never Can Tellで踊る名シーン


前置き


改めましてみなさん、こんにちは!!

突然ですが、映画はお好きですか?

私は好きです!

ジャンルはどんなものがお好きですか?

アクション、サスペンス、ファンタジー、SF、ホラーなどなど、その日の気分に合わせて鑑賞するのも楽しいですよね。

映画館でポップコーンをほおばりながら観るもよし、家で寝っ転がりながら観るもよし、自由な時間に好きな映画を観るっていうのは、なんだか分からないけれど、体の中の“なんらかのメモリ”がグングン上昇していくような感覚がありますよね。(ありますよね?)

△映画館で観る映画は最高です


映画と音楽


それでですね、私が映画を楽しむ上でとっても重要なのが音楽(サウンドトラック)だと思っているんです。

先に挙げた、どのジャンルの映画にも欠かさず音楽は流れますよね。

映画にとっての音楽とは、私たち人間にとっての空気のように当たり前に存在しています。でもそれって一歩間違えたら、とんでもないことになりかねないと思いませんか?

例えばホラー映画の“怖い演出のシーン”で、コミカルな音楽が流れてしまうとその怖さが減ってしまいます。

逆に“母と子の涙の再会シーン”でおどろおどろしい音楽が流れたら素直に感動出来ないどころか、「何かあるのかも…」と身構えてしまいませんか?

そして、シーンに対して適した音楽を流すのも大事ですが、その音楽をどのタイミングで流し、どのタイミングで止めるのかも監督やスタッフの手腕が問われるところです。

アクション映画において、「さぁ、これから反撃開始だ!」というシーンで迫力のあるロックが流れたら鳥肌が立ちます。

けれど、反撃が終わった後に迫力のあるロックが流れても観てる側からするとキョトンとしてしまいますよね。

このように、映画にとって当たり前の存在である音楽は、一歩間違えれば監督の意図しない捉え方をされてしまったり、その映画自体の評価さえ下げてしまうかもしれない非常にデリケートなものなんです。

しかしですね、映画を製作するにあたって、そんなデリケートな音楽を、自分の好きな楽曲だけを使って、好きなタイミングで流したり止めたりと、自由自在に操る監督がいるんです。

それが、クエンティン・タランティーノ監督です。

△鬼才クエンティン・タランティーノ監督


タランティーノと音楽


クエンティン・タランティーノ監督(以下タランティーノ)は、日本でも人気の高い監督で『パルプ・フィクション(’94)』や『キル・ビル(’03)』など、名作を創り続けているアメリカの監督。作品自体は観たことなくてもタイトルは知っている、または監督の名前は知っているという方も多いと思います。

そんなタランティーノは、本来デリケートでまるでダイナマイトの運搬のように扱わないととんでもないことになってしまう音楽を、ある意味乱暴に、そして好き放題に使ってしまうのです。(かっこいい!)

『パルプ・フィクション』と「Misirlou(ミザルー)」

△多くの”都市伝説”を生み出した名シーン


タランティーノの代表作『パルプ・フィクション』では、オープニングにDick Daleの「Misirlou(ミザルー)」を使用しています。

(このMisirlouは、1920年代のギリシャの伝統的な民謡を1962年にDick Daleが演奏スピードを上げ、サーフ・ロックバージョンにするというアレンジを加え大人気となった曲です。

「Misirlou / Greek」で検索するとMisirlouの元ネタとなったギリシャ民謡が聴けますのでぜひ視聴してみて下さい。感動しますよ!)

このMisirlou、『パルプ・フィクション』のオープニングで画面下部からニョキニョキと生えてくるタイトルロゴと共に威風堂々と流れ、タランティーノ自身も「オープニング・クレジットにMisirlouを掛けると、とにかく強烈なんだ。」と公言するほど“とにかく強烈”なんです。

△画面下部からにょきにょき出てくる名OPシーン



『パルプ・フィクション』の他にも、リュック・ベッソン監督の『TAXI(’98)』でPatrick Abrialが演奏するバージョンで使われたり、2006年にはThe Black Eyed Peasが自身の楽曲Pump itにてサンプリングで使用し、長年に渡り幾度となく人気を博しているのがMisirlouです。


話を戻します。

そんなMisirlouが『パルプ・フィクション』のオープニングで華々しく流れ、出演者のクレジットが表示されてからしばらくすると、曲の途中で突然ラジオのチューニングの音が聞こえ、曲がKOOL & THE GANGの「Jungle Boogie」に変わるんです。

しかもですよ、そのJungle Boogieも曲の頭から流れるのではなく、中途半端な位置から流れ出します。

もちろんこれは『パルプ・フィクション』で、主役の2人が乗っている車のラジオを聴いているという演出なので、音楽が切り替わること、そして曲が途中から始まるということに不思議はないのですが、それにしても乱暴です。(かっこいい!)

△ハンバーガーについて語り合う名シーン


他にもタランティーノが音楽を自由に扱っているシーンは山ほどあります。

『ジャンゴ 繋がれざる者』と「レクイエム」

タランティーノの西部劇映画『ジャンゴ 繋がれざる者(’12)』では、クー・クラックス・クランの集団が馬に乗って登場するシーンで、ジュゼッペ・ヴェルディ作曲のカトリックのミサ曲であるレクイエム「Dies irae(怒りの日)」が流れるんです。

△迫力無限大の集団乗馬シーン


そのシーンと、このレクイエムは非常にマッチしていて、その相乗効果のお陰で騎乗しているクー・クラックス・クランの集団に観ている私たちが圧倒されるんです。

ただ、ここでもそのレクイエムは43秒間だけ流れ、フェードアウトもなしに突然中途半端な場所で切れます。

この43秒が長いのか短いのかはさておき、突然プツリと終わるのでタランティーノ映画に慣れていないと違和感があるかもしれません。

実に乱暴です。(かっこいい!!)

そしてこのレクイエム、ご存知の方も多いかと思われますが、深作欣二監督の『バトル・ロワイアル(’00)』のメインテーマにもなっていて、一方でタランティーノは自身が選出する「1992年から2009年の映画・ベスト20」の第1位に『バトル・ロワイアル』を挙げています。

△タランティーノも敬愛する深作欣二監督のバトル・ロワイアル


もうお分かりだと思いますが、そうなんです。タランティーノは自分の好きな映画(作品)の好きな曲だからという理由だったり、単純にただ好きな曲だからという理由で、自身の監督する映画にもそのまま使い、しかも頭から流すわけでもなく、最後まで流すわけでもなく、好きなところから流し始め、好きなところで切っちゃうんです。しかもブラックミュージックからミサ曲、さらには演歌までとジャンルも問わずです。ね、乱暴でしょう?(かっこいい!!!)

他にもまだまだあるんです。

『パルプ・フィクション』でも『キル・ビル』でも、その他のタランティーノが監督する9作品全部において、音楽がとんでもない使い方をされていて、しかもそれが最高にかっこいいんです!

今回は、「タランティーノと音楽」と題して、大まかな話になり、多くは紹介出来ませんが、いずれタランティーノ監督作品、そして音楽の使い方のひとつひとつを丁寧に掘り下げた記事や、タランティーノ作品以外にも音楽がイカス映画の紹介などが書けたらなぁと思っています。

ご拝読ありがとうございました。

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まるで深く深く沈んでいくかのような心地よさ|中田裕二「海猫」を聴きながら

猫山 文子

暗いニュースに溺れそうな今日この頃、一筋の光のように素晴らしい一曲がこの世に放たれた。それはまるで睫毛を揺らす潮風のようで、名残惜しい夕暮れのようだった——それが中田裕二の新曲、「海猫」だ。


中田裕二というアーティストの名はすでに多くの人に知られているが、それでもまだ足りない、まだ足りない、と私は日々思っている。2011年の1月11日、「最後の最後まで現在進行形のバンドでいたかった」という思いと共に、突然の解散を迎えた椿屋四重奏。そのフロントマンを務めていたのが、彼だった。

椿屋四重奏は、それはもうすごいバンドだった。「すごい」なんて言葉で形容するのは、書き手としてあまりにも杜撰な仕事であるが、それはもうすごかったのだ。椿屋四重奏について語れば、おそらく5、6回は夜が明けてしまいそうなのでこの辺りで遠慮しておくが、ロックン・ロールというカテゴリーに属しながらも、「椿屋四重奏」というジャンルを新たに打ち立てたような、邦楽ロック界に深く爪痕を残した存在だったのである。

それは中田裕二がソロとなってからも変わらず、彼は今もなお「中田裕二」という新たなジャンルを築きつつあるように思う。蕩けるようなAORサウンドを聴かせてくれたかと思えば、微睡むようなジャジーな音色に酔わせてくれる。気を許していると無骨で純真なストレートを投げ込まれたり、熱く燃えるような視線を感じたりする一方で、ミラーボールの輝きに目が眩み、渇いた都会のため息がふと耳に入る。どれが中田裕二なのかと問われれば、どれもが中田裕二である。すべて含めて、「中田裕二」というジャンルのように思える。何かのジャンルで一括りにできるような範疇に、彼はいない。

話を中田裕二の新曲「海猫」に戻そう。私がこの曲をはじめて聴いたのは、去年の9月に開催された「中田裕二 trio saloon TOUR 19 “minimal dandyism 3” at Billboard Live TOKYO」においてだが、私は今もなお「海猫」をはじめて聴いた時のあの感覚を忘れることができない。それはちょうど、少し調子に乗って頼んでしまったスパークリングワインが、ぐるりと身体中を回った頃だった。

音楽を聴いていると、その音楽から連想される情景が目の前に広がるような瞬間が稀にあるが、「海猫」はそれすらも超えていく。私はすでにその曲の中にいて、音に包まれていた。音の一つひとつが、中田裕二の伸びゆく歌声が、心の奥底に隠れていたささくれを撫でる。小さじ一杯程度の痛みに少し戸惑いながらも、私は深く深く音に沈んでいき、次第に癒されていた。音に沈んでいくその瞬間には例えようもない心地よさがあり、パフォーマンスが終わったその瞬間から、私はリリースを待ちわびていたのである。

「またやってくれたなぁ、中田裕二」と新たな作品がリリースされる度に思っているような気がするが、今回も例のごとくしてやられたのだ。解禁となった3月18日の0時から、もう何度繰り返し聴いたか分からない。あの日、あの瞬間に味わった沈みゆくような心地よさは間違いではなかった。今もまた私は、あの心地よさに酔いしれている。

「海猫」が収録されているニュー・アルバム『DOUBLE STANDARD』は、4月15日(水)にリリース予定。約一ヶ月後、また「してやられた」と思っていそうだなと少し悔しく思いながらも、楽しみに待っている私がいる。どうかこの悔しさが永遠に続いてほしいと、密かに願いながら。

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